世界を魅了する大久野島。知られざる「うさぎの島」の真実と現在
うさぎ の 島として世界中の旅人を引きつける広島県竹原市の大久野島。忠海港から小型フェリーに揺られて約15分、桟橋に降り立った瞬間、無数のアナウサギたちが耳を澄ませて足元へ駆け寄ってくる。瀬戸内海の穏やかな青と豊かな緑に囲まれたこの小島は、日常の喧騒から逃れた人々にとって、まさに絵に描いたような癒やしの空間に映るだろう。
波打ち際で繰り広げられる無邪気な光景の奥には、幾重にも重なる歴史と生態系の現実が横たわっている。いまや国際的な人気を誇るうさぎ の 島だが、かつては軍事機密として地図から抹消された過去を持ち、過熱する観光需要と野生動物保護の狭間で今なお揺れ動いている。この島の真の姿を理解することは、単なる観光旅行を超えた深い洞察を私たちにもたらしてくれる。
瀬戸内海に浮かぶ楽園の表と裏――SNSがもたらした熱狂の正体
島を歩けば、スマートフォンや一眼レフカメラを構えた外国人観光客の姿が目立つ。大久野島が世界的な脚光を浴びたきっかけは、2010年代半ばにYouTubeへ投稿された動画だった。ウサギの群れが観光客を一斉に追いかける映像は瞬く間にバイラル化し、トリップアドバイザーなどの口コミサイトでも高評価を獲得。これが日本のインバウンド観光業における起爆剤の一つとなった。
瀬戸内海の多島美を楽しむネイチャーツーリズムの目的地として、大久野島は独自の地位を築いた。国内外から訪れる旅行者の多くは、手つかずの自然の中で人懐っこい動物と戯れる体験を求めている。だが、急速な知名度の上昇は、静かだった島に想定外の変化を運んできた。
毒ガス製造の「地図から消された島」――ダークツーリズムが照らす影
ウサギたちの愛らしい姿とは対照的に、島内には異様な存在感を放つコンクリートの廃墟が点在している。旧陸軍の発電所跡、毒ガス貯蔵庫跡、火薬庫跡。大久野島は1929年から第二次世界大戦終結まで、秘密裏にイペリット(マスタードガス)やルイサイトなどの化学兵器を製造していた軍事拠点だった。機密保持のため、当時の国土地理院の地図上から島そのものが完全に消し去られていた事実は、近代史の重い傷跡として刻まれている。
島内の一角にある大久野島毒ガス資料館には、過酷な作業に従事した人々の防護服や製造設備、当時の資料が生々しく展示されている。長年にわたり語り部として平和教育に尽力してきた山内正之氏らの証言や、ドキュメンタリー映画『毒ガス島の沈黙』で描かれた史実は、ここが負の記憶を受け継ぐダークツーリズムの重要な拠点であることを示している。観光客が笑顔でウサギに餌を与えるそのすぐ隣に、戦争の悲惨さを静かに告発する廃墟が佇んでいる。
生態系と過密化のジレンマ――NHK『ダーウィンが来た!』も追ったウサギたちの現実
現在島に生息するウサギたちは、戦時中の実験用ウサギの子孫ではない。戦後に島外の小学校から放たれた数羽が野生化し、天敵の不在と観光客による給餌によって爆発的に数を増やした外来の個体群である。最盛期には千羽近くまで膨れ上がったものの、その生息環境は決して穏やかなものばかりではなかった。
NHK『ダーウィンが来た!』の特集でも報じられた通り、限られた面積の中での過密化は、縄張り争いや近親交配、キャベツなど水分の多い野菜の過剰摂取による消化器疾患といった深刻な問題を引き起こした。さらに観光客の増減による食糧環境の急変が個体数に極端な変動をもたらすなど、人為的な影響が野生の生息環境を激しく揺さぶっている。環境省は島内の自然環境保護と動物の適正な観察に関するガイドラインを策定し、人間と動物との健全な距離感を保つための啓発を進めている。
知られざる真実と後悔しない旅の秘訣――フェリー運航状況と島内ルール徹底解説
大久野島を訪れる際、事前の情報収集とマナーの徹底が旅の満足度を左右する。本土側の玄関口となる竹原市・忠海港から大久野島へは、大三島フェリーと休暇村客船が定期運航している。日中は概ね30分から1時間間隔で運航されているが、気象条件によるダイヤ乱れや、連休時の混雑には注意が必要だ。乗船券は港の自動券売機や窓口でスムーズに購入できるが、週末や大型連休は駐車場が満車になりやすいため、JR呉線を利用したアクセスも検討したい。
一般社団法人竹原市観光協会や、島唯一の宿泊施設である休暇村大久野島が呼びかけている触れ合いのルールは極めて具体的だ。
・ウサギを抱き上げたり追いかけたりしない(骨が非常に脆く骨折事故が多発するため)
・道路や自転車道の上では餌やりをしない(接触事故や車輌の通行妨害を防ぐため)
・人間の食べ物やネギ類、お菓子を与えない(ペレットタイプの専用フードが最も安全)
・口元に直接手を近づけない(鋭い切歯による咬傷事故を防ぐため)
・残った野菜やゴミは必ず持ち帰る(腐敗による衛生悪化やカラスの増殖を防ぐため)
島内をゆったり散策し、夕暮れや早朝のウサギたちが最も活発に動く時間帯を体感するなら、休暇村大久野島への宿泊がおすすめだ。日帰り客が去った後の静寂に包まれた島では、瀬戸内海の波音とウサギたちの息遣いがより鮮明に感じられる。
観光と歴史継承の共存へ――未来へ紡ぐ大久野島の新たな選択肢
大久野島が持つ魅力は、単一の言葉では括りきれない。動物との触れ合いを愉しむネイチャーツーリズムの側面と、平和の尊さを学び直すダークツーリズムの側面。このふたつのベクトルは一見相反するように見えながら、訪れる者に命の尊厳と歴史の重みを同時に問いかけてくる。
写真を撮るためだけに消費される観光地から、地域の歴史と自然環境を尊重し、共に守り育てる持続可能な旅へ。島を巡るフェリーのデッキから遠ざかる島影を眺めるとき、手元に残るあたたかい感触とともに、私たちが未来へ手渡すべき責任のかたちが静かに見えてくるはずだ。 (出典: うさぎ の 島(Yahoo!ニュース))